一点匠屋主義
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死にいたる食事「ゆとりもち」
 子供の頃は常識だと思っていた、もちすすり(湯とりもち)がかなりエキサイティングでデンジャラスで変である事が、東京にきてわかってきた。話す人みんな驚かれ笑われるのだ。マスコミが取上げてくれたから全国的に知名度があるからいいが、それがなかったら「ネタ」でしょとなるかもしれない。
 はなわではないが僕の故郷佐賀県は江戸時代から他藩にないヘンテコ伝説が多い。(徳川幕府中、鎖国の中の鎖国をやっていたせいらしい)話題の小説「佐賀のがばいばあちゃん」ではその辺はリアルだ。はなわの歌も一部を除き真実が多い。
僕の子供時代昭和50年代でも驚くべきネタがあるので、はなわさんや島田洋七さんとはちがったネタをだしていきたい。
 さて、「ゆとりもち」は佐賀県白石町という僕の故郷で行われるもちの食べ方だ。つきたてのもちをお湯に浸して、ながーく伸ばしてかまずにすする単純な食べ方。
 名人は2升分のもちを一気に食うというから人間技でない。
まず、これは危険です。地元農業まつりでは当然「ゆどいもち(地元言葉でこういう)大会」がある。そこには業務用掃除機が常備してあった。もちろん詰まらせた人のもちを吸い込むためだ。
 家族でもちをついているときばあちゃんが平気でこういう
「だいじゃいこの前ゆどいばしよってしにんしゃったたいねえ」
「(訳)だれか、この前、ゆとりもちしてた人が死んじゃたねえ」
そう、ゆとりもちで結構人が死んでいた。
そもそも「ゆとりもち」の起源は2つ説があって
1)戦国時代、合戦に望む際、食事時間を短くするために始まった
  つまりファースト・フードですね
2)戦国時代「敵を飲みこむ」の縁起から始った

1)については、もちをつく手間考えたら、嘘やろと思うし、ファースト・フードといっても早すぎて、危険だよ。軍勢の中何人かが合戦の前に窒息死しているに違いない!しかも肥前の国ってあまり武勇伝きかないし・・個人的な解釈としては2)が妥当かなと

 さて、自分が子供時代、あまりおやつとかなく、お菓子も食えない頃
(みんながそうではなかったようだが)もちつきになるとあんこ餅、きな粉餅、あまい醤油だれの餅が沢山あってうれしかったのだ。
 当時はまだ釜戸炊きでもち米を炊いて蒸して、(ちなみに餅米の釜戸炊きご飯めちゃくちゃうまいですよ!)もちをつくのは機械で沢山のもちが出来上がる。その作業の主爺さんについて、自分はその過程を楽しんでいた。そして、第一弾がつきあがる。一つ目は鏡餅、そして楽しみにしていたあんこ餅を食べられるとまっていたら爺さんがまってたとばかりに「ゆとりもち」を始める。これが楽しみであとの餅はただの作業なのだ。そして自分に勧める。幼い自分に「もちすすり」のテクニックはない「かむな、のめ、のめ」と鬼教官よろしく檄をとばす。
 ゆとり餅ってあたまに醤油だれをつけるだけで、あとは味がしなくておいしくはないのよ。それでおなかいっぱいになって楽しみの餡子餅が食えない、いつもそう・・子供の頃苦手だった「ゆとりもち」
 全国でやっているものと思ってた。ちなみに「ゆとりもち」の名誉のためにいっておくが、実は餅がつまって死ぬ率は低いらしい。というのはいわゆるもちすすりでなく普通にお雑煮の餅で詰まらせる人は昔から多く、この完璧なフードファイター「もちすすり」の名人は滅多に死なない(らしい)

以上、店長の食の原点のひとつ紹介でした。長文へのお付き合いありがとうございました

    匠屋店長
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